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音楽・バレエ・オペラ
ロシアの音楽やバレエ、オペラは、西欧から影響を受けて18世紀に本格的に始まりましたが、19世紀に入るとロシア人の優れた芸術家が次々に誕生。現在では世界トップクラスのステージが日々上演されています。ボリショイ劇場、マリインスキー劇場をはじめとした世界有数の劇場で、最高の舞台をお楽しみください。
作曲家
ミハイル・I・グリンカ
ロシア国民音楽の父と呼ばれる作曲家。独自の管弦楽の書法を確立し、五人組やチャイコフスキーなど、その後のロシアの作曲家に影響を与えました。『皇帝に捧げた命』『ルスランとリュドミラ』という2つのオペラが後のロシアオペラの模範となったほか、管弦楽曲『カマリンスカヤ』ではロシア的ソナタ形式を確立し、ロシア交響楽の基礎を築きました。
ロシア国民楽派「五人組」とは
1850年代末から70年代にかけての音楽界で活躍したのが、ロシア国民楽派「五人組」です。ロシアの民話や民謡をもとに、ロシア国民音楽を提唱したのがグリンカ。それを引き継ぎ発展させた作曲家の集団が以下の5人です。民衆の中に音楽の原点を求める創作活動を展開しました。
ミリイ・A・バラキレフ
作曲家でピアニスト、指揮者。ロシア国民楽派「五人組」の指導者の役割を果たしました。ピアノ曲『イスラメイ』、『40のロシア民謡』などが代表作です。
ツェーザリ・A・キュイ
「五人組」の一人。生涯にわたってオペラを作曲し、『ウィリアム・ラトクリフ』など多くの作品がマリインスキー劇場で上演されました。精力的な評論活動でも知られています。
モデスト・P・ムソルグスキー
「五人組」の一人。軍隊に入隊しますが、五人組の活動に参加してバラキレフに作曲を学び、音楽の道に進みました。代表作はオペラ『ボリス・ゴドゥノフ』、ピアノ曲『展覧会の絵』など。
アレクサンドル・P・ボロディン
「五人組」の一人。ロシアの民族叙事詩を題材としたオペラ『イーゴリ公』(未完、のちリムスキー=コルサコフとその弟子により完成)や、異国情緒あふれる管弦楽曲『中央アジアの草原にて』が有名です。化学者、教育者としても活躍しました。
ニコライ・A・リムスキー=コルサコフ
「五人組」の一人で、管弦楽法の大家。サンクトペテルブルク音楽院の教授を務めるなど音楽教育にも尽力し、多数の弟子を育てロシアの音楽史に大きな功績を残しました。交響組曲『シェエラザード』、オペラ『サトコ』『金鶏』など多くの作品を残しています。
ピョートル・I・チャイコフスキー
チャイコフスキー 法律を学び司法省に勤務していましたが、ペテルブルグ(現サンクトペテルブルク)音楽院が創設されると第1期生として入学、ルービンシテインの指導を受け、卒業後は設立されたばかりのモスクワ音楽院の教授に任命されました。交響曲第6番『悲愴』や三大バレエ組曲など多くの作品を残しています。
チャイコフスキーの三大バレエ
交響曲、オペラなど数多くの傑作を残したチャイコフスキー。なかでも『白鳥の湖』『眠りの森の美女』『くるみ割り人形』の3つのバレエ組曲はチャイコフスキーの三大バレエと呼ばれ、今も世界中で愛されています。
セルゲイ・V・ラフマニノフ
貴族の家に生まれ、幼少のときからピアノの神童として多くの期待を持たれました。9歳のときに家運が傾き、両親が離婚、貴族学校に入れず、ペテルブルグ音楽院に入るも落第生となり、1885モスクワ音楽院に移り、ここでズベレフの指導によりピアノの名人芸を身につけました。
I・F・ストラヴィンスキー
9歳のときからピアノと作曲を学ぶも、父親の希望でペテルブルグ大学法学部に入学。しかし、音楽家の道を捨てきれず、リムスキー=コルサコフに作曲法を学びました。のち、天才興行師ディアギレフに認められ、“バレエ・リュス”のパリ公演のためのバレエ曲『火の鳥』『ペトルーシカ』『春の祭典』の三大バレエ曲により、一躍その名がヨーロッパ中に知れ渡りました。1959年に来日し、日本の音楽界に多大な刺激を与えました。
バレエ・リュス
1909年から1929年までヨーロッパを中心に世界を巡業したバレエ団が「バレエ・リュス」。セルゲイ・ディアギレフ(1872〜1929年)が主催し、ロシアの才能あふれる舞踊家、芸術家を集めたバレエ団です。ストラヴィンスキーやピカソなどの協力も得て実現された舞踊、音楽、美術が一体となった新しいバレエが、各国の観衆を魅了しました。また主演スターであったヴァツラフ・ニジンスキー(1890〜1950年)は卓越した技術とセンスで天才舞踊家と呼ばれたほか、振付師としても不世出の才能を発揮。この個性派集団が、西欧における20世紀のバレエ人気を復興させたといわれています。
セルゲイ・S・プロコフィエフ
プロコフィエフ ペテルブルグ音楽院でリムスキー=コルサコフやリャドフに作曲法を、エシポフにピアノ奏法を、チェレプニンに指揮法を学びました。代表作にオペラ『三つのオレンジへの恋』、バレエ組曲『ロミオとジュリエット』、ほかに管弦楽的おとぎ話『ピーターと狼』は今も世界中の子どもたちに親しまれています。
ドミートリイ・D・ショスタコーヴィチ
ショスタコーヴィチ 20世紀を代表する交響曲作曲家で、弦楽四重奏にも多くの名曲を残しました。ジャズ組曲など軽快な曲も多く書き、幅広い層から人気を集めました。代表作は、交響曲『第5番』『第7番』『第10番』、オペラ『ムツェンツク郡のマクベス夫人』など。
演奏家・声楽家・バレエダンサー
アントン・G・ルービンシテイン
ロシア最初の世界的ピアニスト。作曲家、指揮者としても活躍。ペテルブルグ音楽院の創設に尽力し、初代院長としてロシアの音楽教育に貢献しました。弟のニコライは、モスクワ音楽院の初代院長として、チャイコフスキーを教授に迎え、作品の紹介に尽力しました。
スヴャトスラフ・T・リヒテル
ピアニスト。ドイツ古典派、ロマン派、ショパン等のレパートリーをはじめさまざまな表現、感性を持ち、音楽史に際立った存在感を残しました。東欧諸国を中心に名声を高め、1960年代に欧米デビューした際は大きな話題を呼びました。
ウラジーミル・D・アシュケナージ
18歳でショパンコンクール2位、25歳でチャイコフスキーコンクールで1位を獲得。鋭敏で感受性豊かな演奏は音の詩人と呼ばれています。
ダヴィッド・F・オイストラフ
ハイフェッツをヴァイオリン奏者の第一人者としていた世界は、1937年のイザイコンクールで1位となったオイストラフの出現で認識を新たにし、一大ブームを巻き起こしました。第二次世界大戦後消息を断ちましたが1946年ショスタコーヴィチと共にプラハの音楽祭に出演。以降再び演奏活動に従事し、1974年演奏旅行先のオランダで死去しました。
ムスティスラフ・L・ロストロポーヴィチ
ロストロポーヴィチ チェロ奏者。1940年代後半から海外のコンクールで優勝を重ね、1956年にはモスクワ音楽院教授に就任しました。新しい奏法の開拓と、作品に対する理解力が特徴の演奏家で、指揮者としても新境地を開きました。
フョードル・I・シャリアピン
シャリアピン 20世紀を代表する声楽家。世界各国に美声を響かせた名バス歌手です。1901年、初の海外公演となるミラノ・スカラ座の舞台に立ったシャリアピンは、その大成功を境にヨーロッパを代表する声楽家へと駆け上がりました。声量と美声、演技力を備え、生涯の当たり役となった『ボリス・ゴドゥノフ』をはじめ迫真の演技で世界の賞賛を集めました。1936年に来日した際、シャリアピンの要望により帝国ホテルのシェフが考案した料理が「シャリアピン・ステーキ」です。
ヴァツラフ・F・ニジンスキー
帝室舞踊学校(現在ワガノワ・バレエ学校)入学のときに試験官を驚かすほどの天才ぶりを発揮。卒業後ディアギレフに見出されバレエ・リュスに参加し、ヨーロッパやアメリカ公演で、世界にその名を知られました。第一次世界大戦末より精神病を患い、舞台から退きました。後、病は回復しましたが1950年ロンドンで死去しました。
アンナ・P・パヴロワ
帝室舞踊学校に学び、マリインスキー劇場でデビュー。特にサン=サーンス作曲フォーキン振付けによる『白鳥』(のちに『瀕死の白鳥』と改題)は、新しいバレエのシンボルとなり、バレエ・リュスのパリ公演でパヴロワの名は世界中に知れ渡りました。その後自分の一座を組織して、日本を含めて世界中を巡演し、各地でバレエブームを巻き起こしました。
ルドルフ・F・ヌレエフ
1958年キーロフ・バレエ団(現マリインスキー・バレエ団)に入団と同時に主演者の地位を得るが、周囲との軋轢があり1961年パリ公演の際に亡命しました。舞台上の存在感は比類がなく、ニジンスキーの再来といわれる天才バレエダンサーです。彼の出現により、バレエの舞台の中心が女性から男性へと移ったといわれています。
ワガノワ・バレエ学校
ワガノワ・バレエ学校 ワガノワ・バレエ学校はサンクトペテルブルクの伝統あるバレエ学校。1738年に設立されて以来、ニジンスキーやアンナ・パヴロワなどの天才ダンサーを輩出し、現在もスター候補たちが日夜学んでいます。1921年から教師を務めたアグリッピナ・ワガノワが確立した教育法「ワガノワ・メソッド」は世界的なバレエの教本となり、その功績で名前が校名に冠されました。
現代の著名な指揮者
エフゲニー・A・ムラヴィンスキー
ムラヴィンスキー 20世紀最大のソビエトの指揮者で、1938年に全ソビエト指揮者コンクールを制し、以後レニングラード・フィルハーモニー交響楽団の指揮者として活躍しました。教育者としてもテミルカーノフやゲルギエフら名指揮者を育てています。
ユーリ・K・テミルカーノフ
テミルカーノフ 1988年、ムラヴィンスキーの後継者としてレニングラード・フィルハーモニーの音楽監督に就任。マリインスキー劇場のゲルギエフと人気を二分する、世界トップクラスの指揮者として活躍しています。
ウラジーミル・I・フェドセーエフ
フェドセーエフ ロシア屈指のオーケストラ「モスクワ放送交響楽団」を率いる指揮者。1974年に音楽監督に就任して以来、同楽団をロシアのトップクラスに導いてきました。特にチャイコフスキーの楽曲を得意としています。
ワレリー・A・ゲルギエフ
ゲルギエフ 現在、世界の10指に数えられるカリスマ指揮者。レニングラード音楽院在学中からコンクール入賞を重ね、1978年にマリインスキー劇場でデビューしました。現在はマリインスキー劇場の劇場総裁を務めるほか、アムステルダムでも活躍しています。
オーケストラ
モスクワ
チャイコフスキー記念交響楽団
チャイコフスキー記念交響楽団
名指揮者フェドセーエフ率いる、1930年に創立されたロシアでもトップクラスの交響楽団。ソビエト時代にはモスクワ放送交響楽団と呼ばれましたが、その活躍から「チャイコフスキー」の名をつける栄誉を受けました。
ロシア・ナショナル管弦楽団
世界的ピアニストのミハイル・プレトニョフが私財を投じ1990年に創設。民営オーケストラの先駆としてロシア屈指の実力を誇ります。
ボリショイ劇場管弦楽団
ロシアのオペラ・バレエの殿堂、ボリショイ劇場の専属オーケストラ。音楽監督は2001年37歳の若さで抜擢されたヴェデルニコフが務めています。現在、ボリショイ劇場が長期改修中のため、演奏はボリショイ新劇場やクレムリン大会宮殿で聞くことができます。
サンクトペテルブルク
サンクトペテルブルク・フィルハーモニー交響楽団
サンクトペテルブルク・フィルハーモニー交響楽団
「20世紀最大の指揮者」ムラヴィンスキーがかつて率いた伝統ある楽団。現在はゲルギエフとならぶ実力者テミルカーノフが音楽監督を務め、海外公演なども行って好評を得ています。
マリインスキー劇場管弦楽団
サンクトペテルブルク帝室歌劇場管弦楽団を母体に発展してきたロシア最古の楽団。1988年にゲルギエフが芸術監督に就任して以来、若く優秀な団員を起用してレベルの向上に努め、積極的な海外公演も成功させ世界的な注目を集めています。
サンクトペテルブルク交響楽団
サンクトペテルブルクを本拠とする二大オーケストラの一つ。
エルミタージュ美術館管弦楽団
エルミタージュ美術館の公式オーケストラ。同美術館やエルミタージュ劇場を拠点とし、実験的な表現方法に積極的に取り組むなど、さまざまな演奏活動が高く評価されています。
コンサートホール
モスクワ
ボリショイ劇場
ボリショイ劇場
モスクワ・劇場広場に面した、2200席の規模を誇る劇場。その起源は1770年代といわれ、数多くの天才を輩出してきたオペラ、バレエの殿堂として世界中に知られています。2005年から長期の改修を行っており、公演は隣接するボリショイ新劇場やクレムリン大会宮殿で行われています。
ボリショイ新劇場
ボリショイ新劇場
ボリショイ劇場に隣接して2002年にオープンした新しい劇場。現在は改修中のボリショイ劇場の公演をこちらで行っているほか、今後は若手芸術家の活動の場として活用される予定です。
クレムリン大会宮殿
クレムリン大会宮殿
1961年に完成した、クレムリン内では唯一の現代建築。6000人収容の観客席には、観劇シーズンになると多くの観衆が集まります。ソビエト時代には党大会などが催された場所で、現在はオペラ・バレエ以外にコンサートが多く催され、国際会議なども開催されています。
チャイコフスキー記念モスクワ音楽院
チャイコフスキー記念モスクワ音楽院
クレムリン近くにある、モスクワの中心的なコンサートホール。1866年にロシアで2番目の音楽学校として設立され、多くの音楽家を輩出してきました。1800人収容の「大ホール」をはじめ充実した施設を誇ります。
チャイコフスキー記念コンサートホール
チャイコフスキー記念コンサートホール
1940年に創設された円形舞台の多目的ホール。1505人収容の大ホールを備え、オーケストラのほかバレエ、合唱団、ロシア民族舞踊などさまざまな公演が開催されています。
ドーム・ムーズィキ(音楽の家)
ドーム・ムーズィキ(音楽の家)
2002年にオープンした、先進的な劇場。都市開発の著しいモスクワを象徴するような、ガラス張りの斬新な外観が印象的です。内部には大小3つのホールがあり、バレエやクラシックなどの公演がほぼ毎日開催されています。
モスクワ・シアター・オペラ
1971年設立の地下劇場。小劇場の醍醐味を堪能できます。演出はボリショイ劇場の主任演出家を長期にわたり務めた演劇界の長老、演出の神様といわれるボリス・ポクロフスキーです。
サンクトペテルブルク
マリインスキー劇場
マリインスキー劇場
サンクトペテルブルクを代表する劇場。200年以上の歴史をもつとされ、チャイコフスキー、グリンカら代表的なロシアの芸術家を輩出してきました。現在は芸術監督ゲルギエフのもと、世界トップクラスの公演を行っています。
ムソルグスキー記念オペラ・バレエ劇場
ムソルグスキー記念オペラ・バレエ劇場
サンクトペテルブルク・芸術広場周辺にあるオペラ・バレエ劇場。レニングラード国立バレエ団が拠点とする劇場として知られています。創設当初は外国作品が上演されていましたが、現在は『白鳥の湖』など本場のバレエを楽しむことができます。
アレクサンドリンスキー劇場
アレクサンドリンスキー劇場
1832年建築家ロッシの設計で建てられた美しい劇場。ニコライ1世の皇后アレクサンドラ妃の名を持ち、ロシア最初の職業劇団による演劇場として生まれました。観光客向けにバレエの特別公演が、夏に開催されます。
サンクトペテルブルク音楽院オペラ・バレエ劇場
サンクトペテルブルク音楽院オペラ・バレエ劇場
マリインスキー劇場の向かいに建つ、サンクトペテルブルク音楽院の付属劇場。チャイコフスキーのバレエをはじめ、さまざまなオペラやコンサートを楽しむことができます。
オクチャーブリスキー・ボリショイ・コンサートホール
オクチャーブリスキー・ボリショイ・コンサートホール
サンクトペテルブルク最大のコンサートホール。各種コンサートのほか、民族舞踊の大会や市のイベントなども行われています。
エルミタージュ劇場
エカテリーナ2世の劇場として宮中に建てられ、1783年から4年を費やして完成しました。当時はバレエやオペラ、演劇などが上演され、皇帝のプライベートな劇場として宮廷の社交場でした。現在は一般に開放されて、バレエなどの公演があります。
ボリス・エイフマン・バレエ劇場
1977年、伝統の古典バレエに飽き足らずに新しいバレエ団を結成したのがボリス・エイフマン。クラシックとモダンを融合させたエイフマンの演出は、ニューヨークや東京公演でも絶賛されました。
ミュージカル・コメディ劇場
かつてのパラス劇場。シュトラウスのオペレッタ『こうもり』をはじめ、ヨーロッパのオペレッタやロシアの小歌劇などを上演。オペラの重厚さが苦手な人には気軽に楽しめるのでおすすめです。
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